蔵元だより
夏子の酒には、酒蔵の心の真実がある 夏子の酒を読み返して・・・
私が東京農大醸造学科時代、バイブルのように読んでいた本がある。それが「夏子の酒」だ。「和醸良酒」「酒を心で味わう」「おれはおれの血を醸す」「天のない酒造り」・・・
どれだけこの本に影響された同世代の蔵元が多いか。
そして、蔵元を継ごうと本気にさせてくれた、覚悟を決めた本でもあった。
自分の蔵の酒造りを見直し、理想を追い求め、25年が経過した、未曽有の被害の新型コロナウィルスの中で全巻読み返してみた。
25年前の私は今の私を想像していたか。今の南部美人を想像していたか。想像を超えているか、超えていないか。あのころの情熱を今持ち続けているか。酒造りに嘘は無いか・・・
21世紀に残る酒蔵になった今、あの頃の自分に胸を張って会えるか。
答えは、私の中では「YES」だと確信できました。
あの時と唯一違う気持ちで読めた事、あの時全くわからなかった事が1つだけあります。
それは、漫画の中では最後に山田杜氏が亡くなって終わります。うちも私が生まれる前から南部美人を醸してくれた山口杜氏が亡くなり、その時私はアメリカにいて、葬儀には行けませんでした。アメリカで泣いた事は今でも忘れられません。山田杜氏が草壁見習い杜氏に技を伝える描写は、まさに今の南部美人で山口杜氏が松森杜氏や田村杜氏に技術を伝えて行った姿と酷似している事に、大学時代とは違う涙があふれました。
あぁ、山口杜氏は今天国で喜んでくれているに違いない。こんなに素晴らしい二人の杜氏が南部美人を支えてくれていて、それを育ててくれた姿と恩にあらためて今感謝の心でいっぱいになりました。
私も48歳になりました。息子は18歳。父は78歳。
ここまで無我夢中で走ってきました。
コロナで非常停止した時の中で、今一度初心に戻れたような気持ちでいっぱいです。
私は何のために生きているのか、私は何をするために生まれてきたのか、私は何をするべきなのか。
日本酒には果てしない可能性があります。まさに「天」はありません。だからその高みに向かってみんな酒造りをしていくのだと思います。
天のない酒造り。
今一度初心に戻り、南部美人は、私は、酒造りに向き合って行く覚悟を持ちました。
ありがとう、夏子の酒。一度ならず二度までも私の心を大きく揺さぶってくれて。
さぁ、明日からまた前を向こう。そこには必ず明るい未来があるはずだから。
陽はまた昇る。天のない果てしない空へ。