蔵元だより
3月の記憶
3月に入りました。昔は、酒造りは2月末から3月初めには「造り留め」といって、その年の仕込みをすべて終了するのが普通でした。南部美人でも私が蔵に帰ったころは、3月中ごろには造り留めをして、仕込みをすべて終え、杜氏や蔵人が故郷に帰って行ったものでした。
これは、田植えが4月末から5月初めから行われるので、農家の出稼ぎである杜氏や蔵人は田植えの準備をしなければいけないことや、寒い時期に行う寒造りが日本酒の常識なので、3月になって暖かくなってくると仕込みを終了するといった流れで、今まではこのように行われてきました。
しかし、現在の南部美人は農家の出稼ぎの蔵人はおりませんし、蔵は冷蔵設備を増強しており、日本酒の仕込みはまだまだ続きます。しかし、私の記憶の中では、3月になると、今まで厳しい顔をしていた杜氏さんたちが、安心した優しい顔に変わること、数か月ぶりに家に帰れるというソワソワ感が蔵に満ち溢れていたあのころが、逆に懐かしく思えます。
仕事の仕方も変わり、状況も変わってきましたが、私の心の原点は、なんだか昔のあのころを忘れていませんし、これからもその記憶を大事にしながら、そういった時代もあったんだよ、と次世代に伝えていきたいと思います。