蔵元だより
今、海外で注目を集める食事規定”コーシャ”とは
近年、食品業界を中心に「Kosher(コーシャ)」という認定を受けた商品が注目を集めているといいます。日本貿易振興機構(ジェトロ)でも、日本で生産された食品の輸出促進につながると考え、調査を行なっていると言われる「コーシャ認定」とは一体どのようなものなのでしょう。
トレボン・マリアージュ第5回では、このコーシャ認定についてご紹介します。今回は、Kosher Japan(コシェルジャパン)の武藤英孝さんに「Kosher(コーシャ)」についてご説明して頂きました。
古くからユダヤ教に伝わる食事規定である”コーシャ”
― 本日はよろしくお願いします。まず、最近海外の食品の話題で上がることも多い「コーシャ(Kosher)」とはどのようなものなのか、ご説明いただけますでしょうか。
※ 一般的には「コーシャ」と呼ばれますが、ヘブライ語では「コシェル」とカナ表記するため、武藤様の発言は全て「コシェル」と表記いたします。
コシェルジャパン武藤(以下、武藤):
はい。”コシェル”とは、元々はユダヤ教の信者のための食に関する規定です。その規定は、口にする薬や調味料なども含む、すべての食品に対して厳格なルールに適合したものだけが、口にできるというものです。専門の「ラビ(ラバイ)」と呼ばれる宗教指導者が原材料や、製造工程での検査を行った上で判断し、その認証をおこなっています。
昨今のアメリカではこのコシェル認定を受けた商品が、スーパーマーケットの商品の30%程度を占めるほど普及しているといいます。
―なぜこのコーシャが、アメリカの食品業界でそれほどまでに広がったのでしょうか?
武藤:
いちばん大きいのは、このコシェルを利用しているのが、ユダヤ教徒や、ユダヤ人だけではないということでしょう。アメリカの消費者がコシェルを求めるのは『安心のイメージが高いため』だと言われています。
コシェル製品は、原料のトレーサビリティの確保や、第三者であるユダヤ教の「ラビ(教師)」の実地検査による認証プロセスを経ているため、消費者に安心のイメージを与えることに成功しているといえるでしょう。
アメリカにおいては、このユダヤ人以外のコシェル製品を好む『コシェル市場』が大きな勢力になっており、アメリカでの食品販売のみならず、アメリカの大手食品メーカーに、業務用として販売する際でも、コシェル認証を取得していないと、採用のための評価が低くなってしまうということがおきているのです。
アメリカにおけるコーシャ市場の拡大
―今や、アメリカの食品業界における重要な”判断基準”になりつつあるのですね。
武藤:
はい。アメリカの食品市場への参入には、このコシェル認定が、必要不可欠な要素ともなっています。
コシェルの認定プロセスでは、生産工程、保管倉庫等の詳細確認、原材料等の現場でのコシェル認証取得商品と取得していない製品との混在の有無など、原材料の受け入れから製品の出荷までの各工程の確認がされます。
今やコシェルは宗教規律という枠を超え、ひとつの食品製造管理基準として評価されており、特に日本の食品輸出基準としての役割が大きくなってきました。
―日本の食文化が海外で広がりを見せる中、「コーシャ認定」は日本食品の輸出に大きな影響を与えそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
武藤:
ありがとうございました。
南部美人の「コーシャ認定」への取り組み
1997年より、海外での日本酒の普及に力を入れている南部美人では、このコーシャにいち早く注目し、2013年には『コーシャ認定』を取得しました。その経緯を、五代目蔵元の久慈浩介社長が語ります。
― 南部美人では2013年に「コーシャ認定」を取得しましたが、どのような経緯から取得するに至ったのでしょうか。
久慈社長:
以前、マレーシアの卸売会社と日本酒の取引をしていた事がありました。当時、その会社がイスラム教の食事規定「ハラール」の認証を得た調味料を開発し、大きな話題となったことがあったんですね。その時に「ハラール」について学ぶ機会がありました。その後しばらくして、“獺祭”で知られる旭酒造の桜井社長から旭酒造が「コーシャ認定」を取得したとお聞きし、色々なことを教えていただきました。
ご存知のように「コーシャ認定」を受けた食品は、“安心”のイメージが高く、ユダヤ教徒の方々以外にも、オーガニック主義者やベジタリアン、アレルギー体質の方々からも支持を得ており、市場規模も大きなものになっています。そこで、日本酒の10〜30年先を見据えて「コーシャ認定」を取得することを決断したのです。
―「コーシャ認定」はチェックが厳格であるため、取得は難しいと聞きます。どのような点に苦労されましたか。
久慈社長:
ユダヤ教のラビ(教師)が酒蔵を訪問し、お酒の製造方法や道具などを細かくチェックしていましたね。道具を洗う洗剤もチェックの対象でした。抜き打ちでラビが訪問することもありましたよ。
ある日、訪問中のラビから“酵母の培養方法をチェックさせてほしい”という申し出がありました。この時は、酒蔵がある二戸市から100kmほど離れた盛岡市の岩手県工業技術センターまで行ってチェックをしてもらいましたね。種麹の販売元も確認するなど、徹底したチェック体制でした。
―「コーシャ認定」を取得された事でどのような反応がありましたでしょうかまた、将来の展望を教えてください。
久慈社長:
国内では「コーシャ認定」を取得したことで、海外要人の方々が開催するイベントで南部美人の日本酒を飲んでいただく機会がありました。国外では、ユダヤ人の方々に向けて日本酒のパーティーを行なうことができました。
今後は、日本酒がコーシャ認定食品としてスーパーなどにどれだけ取り扱いをしてもらえるかが鍵だと思います。2009年頃から海外での日本酒の売上は伸びていました。しかし、海外では日本食料理店などの限られた場所でしか日本酒は販売されておらず、一般のお客様の目に留まる機会は少ないと感じていました。
海外では、1店舗まるごとコーシャ食品だけを取り扱っているスーパーもあるといいます。「コーシャ認定」を通して、『日本酒』というカテゴリーを超え、多くの人の目に触れる機会が多くなると考えています。また、2020年の東京オリンピックでは、多くの外国人が日本を訪れるので期待したいですね。